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レビュー:福岡伸一、西田哲学を読む 生命をめぐる思索の旅 池田善昭、福岡伸一著

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わたしたちは、現代的な思考作法にならされてしまっているので、ロジカルに考えることは善きことだとして何ら疑問に感じない。

しかし、そのロジカルこそが、大事なことを覆い隠してしまう盲点だとしたらどうだろう?

確かに論理的に物事を考えることで、状況を客観的に、整理して捉えることができるは事実だ。しかし、それは一種の単純化フィルターを通して、その網にかかるものだけを掬いあげているのであって、網の目をすり抜けてしまうものが少なからずある。

もしも本当に大事なものが、ロジカルの網にかからない微細なところに宿っているとしたらどうだろう。われわれの思考は穴だらけだということになる。

その西洋科学が見落としてしまっているものこそが西田の言う「ピュシス」の世界だ。

既存の西洋科学の基本的な枠組みを「ロゴス(論理)」とするならば、「ピュシス(自然態)」はより原点にさかのぼって物事を理解する方法だ。

まずはこのロゴスとピュシスの違い自体が分かりずらいが、言い換えるなら、簡素化フィルターの有無として捉えなおしてもいいだろう。

客観化(対象化)vs主客合一(主客未分)、外からの観察vs内からの体感といったところだろうか。

対象から距離を取ることで、判然と見えてくるものがある一方で、外からの観察だけではどうしても見落としてしまう視座が存在する。それが当事者目線であり、体感的直観といったものだ。

 

これまでの歴史的経緯から、われわれはあたり前のように、科学的であること、客観的であること、因果論理的であることを善として話を進めてしまうが、果たしてそれでほんとうに良いのか。それがすべてでないとしたらどうだろうか。

いわゆる西洋科学のロゴスは、現実に一種のフィルターをかけ、見通しをよくする(つまりはわかりにくいものは捨象する)という姿勢だ。見通しをよくするといえば、本来クリアになっているように感じられるが、その実は、粗い目のふるいを通して、理解しずらい細部を切り捨てているというのが実相でもある。

残念ながら、そうした手法が唯一無二のベストであると信じ込まされているがゆえに、粗っぽいフィルターでもクリアに見える錯覚が生まれている。

 

本書では、その切り捨てられた象徴的な次元が「時間」にあると説く。西田の説く時間には、円環的特質が見込まれるが、一般に時間とは、過去から未来への一方向の線形な積み重なり、一秒一秒の小刻みの秒針のごとく、座標に切り分けて静止画がパラパラ漫画のように翻訳される。

もちろんパーツとしては、確かにその一瞬一瞬の像はそのように分析的に把握できるものかもしれない。しかし、切り分けられたものと本来切り分け得ないもの(流れ)では、おのずととらえようとする実像が異なって当然だ。

池田氏の「包みつつ包まれる」という表現も、こうした部分に呼応する。

要するに、物事は両面的である以上、一方からの片側理解では、状況を半分しかとらえていないのと同じだ。対象が時間という環境に包まれつつ、同時に対象が内に時間を包んでいる。時間を観察対象としての単線的な秒刻みの不可逆な流れとだけ理解するのでは十分ではないのだ。

加えて「あいだ」というのもキーワードになってくる。対象を捉えるのではなく、対象と対象との「あいだ」に見込まれる、実体には収まらないもの。そうした一見「見えない部分」にこそ、本質が隠れている。

 

生命とは単に細胞に切り分けられないがゆえに、いや、切り分けられないからこそ意味をもっているにもかかわらず、従来的な分析的手法の積み重ねによって積分的に理解可能だとの慢心がまさに本質を置き去りにした、生命理解の盲点となっている。

この辺の議論は私見として、システム論がまさに生物学から立ち上がり、オートポイエーシスでは対象物ではなく、その作動(働き)に着眼することにもある種通底していると感じられる。

 

こうした実存を追いかける内容は、西田幾多郎の思考のベースにあって、だから西田哲学と対照しながら、福岡生命論との共通項を紐解いていくのが本書だ。しかし、やはり西田の言い回しは難解で、なかなかすっと頭に入ってくるイメージにはなりにくい。丁寧に読みほぐしながら何度が読みかえす必要があるかもしれない。

 

とはいえ、難解な西田哲学を、生命現象に対照することで、一つの解法、読み解きのヒントとなっているのは事実だろう。これまでの科学が不可逆で一意の確固たる太いベクトルだとするならば、そのベクトルには実は逆方向もあるよ、いや、円環(循環ループ)も隠れているよ、というのがここでの新たな問いかけかもしれない。