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質的生産性と量的生産性は違う

一般に生産性は量目で測られるので、そればかりに囚われると、単に数値化しやすい部分だけをみて意思決定をする事態がまま起こりうる。

例えば、時間スケールは一定の刻みなので、差異は時間内の密度で測られることになるが、詰め込みすぎれば息が詰まる。機械であれば性能に比例して極大化も可能だが、人間行動では過度な詰め込みはかえって質を低下させる。

要領がいいというといい加減に聞こえるかもしれないが、そのあいまいな匙加減が質を担保している点を見逃してはならない。

「人生、一分を減省せば、すなわち一分を超脱す」。意味としては、人生というものは、少しでも減らすことを考えれば、それだけ俗世間から抜け出せる、でいいでしょう。逆をいえば、増やすことばかり考えている者は、自らに手かせ足かせをつけてがんじがらめにしてるようなものだと言えるでしょう。

情報源: 生産性を高める4種のコミュニケーション術 (2ページ目):日経ビジネスオンライン

要するに、機械における生産性と、人間に問われる生産性はイコールではない。いやむしろ、人間に生産性を求めると、おかしなことも起こりうる。生産的であることを否定するわけではないが、ある種の無駄が、人間にとっては資産にも変じ得るという点を見逃してはならない。