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潜在領域としてのおもてなし

おもてなしがさも差別化要因であるかのように取り上げられる昨今ではあるが、はたして本当にその位置づけでいいのか。

サービスには顕在化要因と潜在化要因がある。積極的にウリとして打ち出す顕在因子に対して、あくまで黒子として従の役割を果たすのが潜在因子だ。この区分けでいけば、おもてなしとは、基本的環境が整っている前提で、さらにそれにさりげなくひと花添える、いわばスパイスのようなものだ。

そう考えたとき、おもてなし自体を特別なウリとして打ち出そうと欲を出すことは、大きな矛盾を抱えることになる。日向で咲く花もあれば日陰で咲く花もある。区分けを間違えると咲くものも咲かなくなる。

「日本のおもてなし」に対する行き過ぎた称揚にも同じ危険を感じます。日本人がすばらしいと感じるサービスを、世界中の多様な人が全員、同じように評価するなんてありえません。それぞれのニーズを個別に分析し、地域や宗教や慣習に合わせてサービス設計や店づくりをするという当たり前のプロセスが必要なはずです。
 日本の「おもてなし」に関して言えば、これは文化のビジネス化の話になります。これは米国企業が確かにうまい。例えば、スターバックスなりマクドナルドが売っているのは、コーヒーやハンバーガーという物理的な商品ではなくて、スターバックスならゆったりした仕事や癒しの空間と時間であり、マクドナルドなら食べ歩きやファストフードを食すというライフスタイルであり、米国発の文化を標準化して、商品化しているのです。重要なことは文化を上手く標準化することで、どこの国でも展開可能なポータビリティを与えたことです。

情報源: 平野正雄氏×伊賀泰代氏「“モノつくり信仰”が日本企業を戦略不在にした」 | DOL特別レポート | ダイヤモンド・オンライン