something eureka

思索のヒント、ブックレビューなどを中心に

2018-06-01から1ヶ月間の記事一覧

正解はだれが決めるのか、正解は一つだけか。今、基準自体が問われている

どこかのCMではないけれども、ほんとうに欲しいものはプライスレスなのかもしれない。というよりも、プライスという一基準で単純に判断していいのかが問われているともいえる。 なぜ今、判断の基準が揺らぐのか。 これまではそこまでシビアに考えなくても、…

わたしたちが求めてやまない『意味』とは、はたして何なのか?

われわれは自身の行動に意味(意義)を求めますが、それを独立独歩、個人的な問題だと考えるならば、矮小化しすぎかもしれません。 意味というのは、人によって重要性の異なる主観的なものだが、決定的な特質は、それが自分自身よりはもっと多くのものに関係…

自分起点か相手起点か、競争概念の拡張を通じての再認識

マーケット・インか、プロダクト・アウトか。こういうと、とかくいずれか一方、二者択一の議論になりやすい。もちろん、状況を分かりやすく単純化できればそれに越したことはない。しかし実際には、それほど単純に割り切れるものは少ない。

落としどころを求めすぎてかえって見失うという矛盾

「ストーリー」があると言えば、整った帰結で、起承転結をはじめとする筋書きがあり、全体としての一貫性がある、といったイメージを思い浮かべるだろう。 では、論旨を伝えるためのあらゆる形式がストーリーと捉えられるのか。また、ストーリーを外れたとし…

自己認識の難しさはどこにあるのか

「自己」や「自身」という言葉は、至極当たり前のように使われていますが、ほんとうにそうでしょうか。一般的な対象物であれば、それを「それ」として明確に指し示すことができますが、生物としての人間個体以上に、自分をつかさどるものは思いのほか自分の…

日本人は不確実性が苦手?!

多様性がある=不確実である、という意味で、社会環境と不確実性は切り離すことができません。しかし、不確実にはネガティブな印象が付きまとっているのも事実で、われわれは本能的にそれを回避しようとする傾向があります。

共感と異質性の合間を求めて

結局ダイバーシティなどお題目に過ぎないのか。 われわれは自然と受け入れられる者同士で凝り固まる傾向がある。異質さは本質的に脅威なのだ。だとすれば、なぜそれを求めなければならないか。 同質でありたいという願望と、異質さが根源的に無くならないと…

質的生産性と量的生産性は違う

一般に生産性は量目で測られるので、そればかりに囚われると、単に数値化しやすい部分だけをみて意思決定をする事態がまま起こりうる。 例えば、時間スケールは一定の刻みなので、差異は時間内の密度で測られることになるが、詰め込みすぎれば息が詰まる。機…

レビュー:人口減少社会の未来学 内田樹編

オムニバスなので、得心できるものもそうでないものもいろいろだが、そうした点も含め、事実を立体視するのには必要な迂遠なのだろう。 個人的に印象に残った点は、市場化と有縁化は同列に扱えないという点だ。方や経済合理性を前面に、物事を精緻化していく…

「顔」が見える関係の意味するもの

情報に媒介された空間の広がりによって、私たちが関与できる可能性は一段と拡大してくる。容易に「装う」ことで、さまざまな表現が可能になる一方、どこかに芯を設けなければ、確たる立ち位置を示すことは難しくなる。 その意味で、顔が見えるかどうかが、基…

リーダーシップを日本語で言い換えてみると

西洋起源の概念はおおむねカタカナ表記で済まされることが多いですが、その分大づかみなところがあり、わかったような気になって、あいまいにお茶を濁すというデメリットがあります。 リーダーシップやマネジメントもそういったワードの代表格です。仮にリー…

レビュー:プラットフォーム革命 アレックス・モザド、ニコラス・L・ジョンソン著

ものごとのベースとなるしくみが変わったにもかかわらず、私たちの判断基準は古い慣習に囚われたまま抜け出せない。もしくは、囚われていること自体にすら気づけない。こうしたことは決して珍しくない。