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リーダーシップを日本語で言い換えてみると

西洋起源の概念はおおむねカタカナ表記で済まされることが多いですが、その分大づかみなところがあり、わかったような気になって、あいまいにお茶を濁すというデメリットがあります。

リーダーシップやマネジメントもそういったワードの代表格です。仮にリーダーシップ=先導で、マネジメント=経営と翻訳するならば、両者の違いを選別することは困難かもしれません。

マネジャーとリーダーは似て非なるもの。マネジャーは解決と決断をする人なのに対し、リーダーは、社員が自力で解決と決断をできるように育てる人なのです。 真のリーダーは決断を下さない ライフハッカー

ピンポイントにその役割を見定めようとしたとき、リーダーシップ=下支えすることマネジメント=円滑に進めることと位置付けるならば、両者の違いが判然としてきます。別の表現をするならば、リーダーシップが脇役をあえて是とするのに対し、マネジメントは普通に主役を是とすると言い換えられるでしょう。

旧来のリーダー概念にありがちな、強くてカリスマ性があり、他者の先頭に立って物事にあたるといったイメージ像は、結局のところ他者の存在を脇に置いても成立する、ある種の独り善がりな面が目につきます。リーダーとは、自分で自分をリーダーだと吹聴して為しうるものなのか、自身の経験から問い直してみると、その違和感がはっきりするでしょう。これはいわゆるサーバントリーダーシップといわれる側面なのかもしれません。もしくはフォロワーあってのリーダーとも言い換えられるでしょう。

このように、あたり前のように用いている表現も、相当にあいまいなまま、無責任に使ってしまっている現実を、時には振り返って自省してみる。その時、あえて日本語に言い換えてみることで認識を新たにできる余地が生まれます。

わからないよりも、わかったようなつもりという安直さのほうが、問題をそれとして的確に認識できていないという意味で害悪なものです。