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高齢が意味するロジックも変わって当然である

高齢化」と聞いたとき、どんなイメージを持たれるでしょうか。まだまだ高齢化=悪、だから若い人を増やせといった議論が中心を占めているように思われます。

世界は急速に加齢しているが、わたしたちの寿命も延びている。世界的にみると、平均寿命は1990年と比較して6年間延びており、これがもつ意味は数字以上に大きい。平均寿命が変わると、わたしたちが加齢に対して抱く考えも変わるのだ。 高齢化する世界をデザインで考え直す:IDEO6つのコンセプト WIRED

たしかに、人口構造の変化によって、若い人が老いた人を支えるという構図にはゆがみが生じているのは事実です。しかし、高齢化そのものがネガティブがというと、決してそんなことはないのではないでしょうか。

旧来の感覚で、高齢者=生産力としてカウントできないというのは過去の話です。制度とはどうしても硬直的なものですから、それに無理に当てはめようとすれば、高齢=危機という構図になりかねません。

しかし、高齢という単純な年齢以上に、それを取り巻く環境の側も、また人間における年齢の意味合いも変化していますし、それに合わせて制度も進化していくべきものです。慣れとは恐ろしいもので、制度からはみ出した側が無条件に責められる傾向にあります。もちろん法の遵守など、従うことを前提とするものは最大限尊重されるべきですが、一方、われわれの生活を高めるために制度の側に柔軟性を要請することも忘れてはならない観点です。

高齢だからこそできること、高齢でなければ得られないものに重心を移行させることこそ、今求められる視点といえるでしょう。

高齢化は何も悲観することではなく、人間としての成熟化と捉えなおすことも可能なはずです。豊かさが結果的に高齢化に結びついているわけですから、むげにそれを否定するのではなく、多様性の一つのチャネルとして評価すべきものです。

バリアが決定的だった時代には若さが何よりの特権だったかもしれません。しかし、社会における様々なバリアが取り払われてきたことに鑑みれば、年を重ねることでの成熟をもっと活用してしかるべきでしょう。